"The reason I jump"という名の美しい書籍について

先日、新宿紀伊国屋の洋書コーナーをぶらついていると、息をのむほど美しいカバーデザインの書籍を発見した。"The reason I jump"(直訳:私が跳ぶ理由)というタイトルから、ダンサーの自伝か、はたまた風変わりなチャレンジに挑む青年の物語か、と想像をかき立てられた。さらに驚いた事に著者は日本人のようで、私は「新鋭の作家かな」と思った。

そしてサブタイトルを見てようやくこの本のテーマを理解した。事実、我々は日常でしばしば「跳ぶ人」に遭遇している。公園で、住宅街で、駅のホームで、あるいはショッピングモールで。

このような公共の場で、いきなり飛び跳ねたりする人を見た事がないだろうか?時には奇声をあげ、また不自然に動きまわり始めたかと思うと、不可解な独り言を発し続けたりする人を見た事がないだろうか?そう、この本はまさにこのような人々、つまり自閉症の少年(執筆時13歳)が自らタイピングによって書き上げたエッセーである。

このような人々がどのような感覚や感情を持って生活しているかを想像すらした事がない私にとって、この本の内容は衝撃であった。

以下はこの本の引用である。
Basically, my feelings are pretty much the same as yours.

(私訳)僕の感情は、みなさんのものとほとんど同じです。

ではなぜ、一見奇行と思われる行動に出てしまうのか、少年は以下のように説明している。

It's as if my whole body, except for my soul, feels as if it belongs to somebody else and I have zero control over it. I don't think you could ever imagine what an agonizing sensation this is.

(私訳)まるで感覚や感情は残したまま、自分の肉体だけが別人になり、まったくコントロールできないみたいな感覚です。これがどれほど苦しいことかを想像することはできないと思います。

さらに、言動をコントロールできない自分に対しての自己嫌悪的記述が幾度となく現れ、読んでいて心を締め付けられる。

Whenever we've done something wrong, we get told off or laughed at, without even being able to apologize, and we end up hating ourselves and despairing about our own lives, again and again and again. It's impossible not to wonder why we were born into this world as human beings at all.

(私訳)何か間違った事をするといつも、僕らは謝ることすらできず、叱られたり笑われたりします。そして自分自身が嫌になり、何度も人生に絶望します。何度も、何度も。なんで僕らはこの世に人間として生まれてしまったのかとさえ考えてしまいます。

The hardest ordeal for us is the idea that we are causing grief for other people. We can put up with our own hardships okay, but the thought that our lives are the source of other people's unhappiness, that's plain unbearable.

(私訳)僕らにとっていちばん辛いのは、他人にたいして迷惑をかけているということです。僕らは自分自身の苦悩にはなんとか耐えられます。だけど僕らの存在がまわりの人たちを不快にさせているということだけは、ただただ耐えられません。

一方、彼らには彼ら特有の芸術的感性があり、それが彼らだけでなく、この本を読む側にも救いになっている。

Every single thing has its own unique beauty. People with autism get to cherish this beauty, as if it's a kind of blessing given to us. Wherever we go, whatever we do, we can never be completely lonely. We may look like we're not with anyone, but we're always in the company of friends.

(私訳)すべてのものが、それ特有の美しさがあり、僕らはこの美しさを感じ取ることができます。これはまるで自閉症の僕らに与えられた祝福のようです。どこに行っても、何をしていても、僕らは完全に孤独にはなりません。僕らは一人ぼっちに見えるかもしれないけど、いつも友達(その美しさ)と一緒にいます。

To us people with special needs, nature is as important as our own lives. The reason is that when we look at nature, we receive a sort of permission to be alive in this world, and our entire bodies get recharged. However often we're ignored and pushed away by other people, nature will always give us a good big hug, here inside our hearts.

(私訳)特別なサポートが必要な僕らにとって、自然は自分たちの命と同じくらい重要です。自然は、僕らにこの世に生きることの許しを与えてくれるし、全身を充電してくれます。人に無視されたり、のけ者扱いされても、自然はいつも僕らを、僕らの内面を、優しく大らかに抱きしめてくれます。

またこのエッセーは章と章の間に、時折、筆者による短編小説が埋め込まれている。

以下は気が狂ったように7日間ぶっ通しで踊り続ける少女の物語のラストシーン。

Then, on the eighth day, this handsome young man appeared. He said to her, "Would you care to dance with me?" With that, the girl stopped dancing. She said, "Thanks, but no. I've just discovered something more precious than dancing." Then, in a small house, they lived happily ever after.

これを読んで、自閉症の13歳の少年が「恋愛」という感情を理解していることに驚くと同時に、この終わりの見えないダンスという熱狂から自分を救い出してくれる白馬の王子と遭遇するという少女の物語に、少年自身の儚い願望を投影しているようにも思えて、言葉にならなかった。

なお、このカバーデザインはKAI AND SUNNYというロンドンのアーティストによるもので、彼らは他にも多くのカバーデザインや、ファッションブランド「アレキサンダー・マックイーン」とのコラボレーション作品なども手がけているようだ。この本のカバーの色合いやフォントがほんの少しでも違っていれば、私はこの本を手に取っていなかっただろうと思うと、デザインというものが持つ社会的な影響力を痛感した。

著者(東田直樹)とこの本の翻訳者(デイヴィッド・ミッチェル)との再開の様子